2006年7月3日

国民付託の研究投資に大学人の使命を問う

(社)日本工学アカデミー

科学技術戦略フォーラム代表  東京大学名誉教授  石井 吉徳

 

 第3期科学技術基本計画では、科学技術は国家の未来を決める投資との小泉総理大臣の指示のもとに、5年間でGDP比1%の25兆円の国費投入目標が決定された。

 前期5年間では、目標24兆円、実績約22兆円で、今回の大幅な投資拡大にあたって、谷垣財務大臣は松田科学技術担当大臣に「成果目標の設定、評価の仕組みの確立、研究費配分の無駄の排除などの諸改革を実行し、投資効果を最大限に高める」ことを求め、異例の文書確認合意の下に投資目標決定されたとのことである。

 更に2006年6月14日の総合科学技術会議で、我が国の国際競争力強化のための「イノベーション創出総合戦略」がまとめられ、小泉総理大臣および関係大臣に意見具申がなされた。産・学協働、制度改革、人材育成を並行的に進め、日本の国際競争力の強化につなげていくもので、政府与党で検討している経済成長戦略大綱の中でも科学技術の最も大きな役割として位置付けられようとしている。

 現在、国民は拡大する格差に苦しみ、原油高騰に発する世界的政治・経済秩序の不安定化、約800兆円を超す国家債務など、未来へ大きな不安を抱え、その希望の光を政治・経済と並ぶ主柱としての科学技術に注目し始めている。それは人類と地球社会の未来への課題にも対応するものである。

 だが、昨今の日本社会のリーダ指導者の意識の低俗化、志の崩壊は目に余る状態にあり、真の学術発展を妨げている。国の方針を策定しそれを配分する立場の者は、税で賄われる国家の施策、研究プロジェクトなどの受給者となってはならない。本来これはむしろ当然のことであるが、長年漫然と放置され、権益化し国家の品格をも喪失させた。

 新聞等に報道されるように、早稲田大学の有力教授の研究費不正問題は、きわめて重大である。それは氷山の一角であると思われる、このようなことでは、国民は巨大な科学技術予算を容認しないであろう。抜本的に次のことを国民社会へ示したい。

1)この教授は、科学技術政策の司令塔である総合科学技術会議議員であった。国民の血税投入の権限者と研究費(しかも高額)受領者が同一という状況下で問題が起こった。それは大学のみでなく、各行政府の審議会等にも共通することである。早急に国民への透明性ある実態の説明と委員・審査者の責任・義務の明確化、評価の公平性への改革を求めたい。

2)大学は文部科学省の監督下にあるが、「知」の中核機関として、知識創造、伝達、啓蒙、教育の責任を負う。そして国民の負託のもと、各種優遇措置と国費の投入が行われている。大学教職員は今回の不祥事を機に、その本来の責務を改めて認識し、特権に対応した義務を果たすよう強く求めたい。

3)最近の研究費の膨大な拡大にも拘わらず、研究費の適切な配分公平性は著しく欠くとも言われている。特定の有名教授には過大な投資資金が集中する一方で、知識社会の「知」の創造に地道に働く研究者の研究費ゼロの状況すら見られる。大学の使命と未来の日本国家の在り方を真剣に考える、志のある人々に研究費が行き渡ることは極めて大切である。現在の審議機能に欠けることは、地球規模の視点、実務現場・地域の実状に見識を持ち、科学技術の進歩に深い洞察力を持つ人物が、委員にほとんど見あたらないことである。

 国民の厳しい視線と希望への期待を大学人に再度見つめ直すことを望むと共に、政府は従来の慣習を排除した国家百年の計に基づく研究費の透明・公平な配分システム改革を、直ちに実行されることを要請する。

以上

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