20041224

緊急アピール

 

日本学術会議第5部 資源開発工学研究連絡委員会

委員長 芦田 譲              

(社)日本工学アカデミー エネルギー基本戦略部会

部会長 秋元 勇巳

(社)日本工学アカデミー 環境フォーラム

代表 石井 吉徳

 

提言

国家の存立を脅かしつつあるエネルギー・環境問題の解決に向け、国の戦略策定に必要とされる情報を収集、分析、評価し、広く提供する基盤を構築する。

 

必要性

1.本年11月1日、学界、産業界等から多数の有識者が集い、「日本のエネルギーに未来はあるか〜有限の地球に生きる」をテーマにシンポジウムを開催した。 

我々は、人口増加と市場経済の進展に伴って急速に増大するエネルギー消費、二酸化炭素濃度の上昇、それに伴う政治・経済への様々な影響など、変化しつつある地球環境が有限の地球に与える取り返しのつかない状況について、深刻な危機感を抱き、集中的に議論を行なった。

 

2.石油の世紀とも言われる20世紀において大量消費の文明を享受した人類は、21世紀となった今、有限の地球が人類に課す制約に直面しつつある。

人類は、すでに利用可能な石油資源のほぼ半分を消費した。最近、石油価格は、需給逼迫から高値で推移しており、供給余力があるとされるサウジアラビア巨大油田の供給力への疑問、世界の石油生産はピークを迎え減退に向かうことへの懸念などが急速に高まってきている。

今後、人口増加、開発途上国の経済成長などに必要なエネルギーと石油関連製品の消費を増加させていくことが不可能となっていくことは避け難い。一方、新規油田開発は、深海底、極地等に移りつつあり、高度な技術、巨額な投資、環境対策などを必要とし、また、政治・経済リスクが高いため、石油に係る価格高騰、資源争奪などの動きが始まっている。さらに、長期的観点からは、石油依存型農業・化学工業への不安などが見込まれる。

 

3.中国の需要増大が世界の石油需給の撹乱要因として懸念されるところ、中国は自らの石油権益確保のため、わが国近海の資源確保に向けた動きを示している。アジアは石油供給の約7割を中東に依存し、不安定な中東情勢はアジアの石油需給に直結している。

エネルギー消費の増大に起因する地球環境問題について、京都議定書はロシアの批准により平成17年2月には発効する見通しとなり、温室効果ガスの排出削減目標達成への圧力が一段と強まってきた。これに対し、世界最大の温室効果ガス排出国である米国は、自国経済に深刻な影響を与えること、中国など開発途上国に排出義務を課さないので実効性がないことを理由に不参加を表明している。各国は、国益を賭けてエネルギー資源確保、経済競争力強化、地球環境への対応へと動き出している。今後、政治・経済的な対立と協力が様々な形で現れてくると考えられる。

 

4.顕在化する資源制約及び環境制約を克服して、わが国が、国際競争力を有する産業と安全・安心の豊かな国民生活を維持・発展させていく上で、国のエネルギー戦略が果たすべき役割は極めて大きい。このためには、原子力をはじめとする非化石エネルギーの積極的利用を図ることは勿論、あらゆるエネルギー資源についてEPR(Energy Profit Ratio)に配慮した適確なエネルギー戦略の構築が必要である。また、技術については、エネルギー利用形態に係る産業社会の要請に対応し、資源確保から最終消費に至る包括的な総合的な技術力の発揮が求められている。有望な資源及び技術に係る開発の企画立案、実施、さらに評価に至る全工程を、時宜を逸せず遂行していくには、エネルギー・環境に係る情報の活用が不可欠である。

 また、この戦略と技術開発成果は、開発途上国への技術移転などを含め、わが国の国際政治力発揮にも有用であり、これらも視野におく必要がある。

 

5.情報を政策判断に資するものとするには、情報を収集し、専門的知見により分析・評価し、さらに、判断しやすい形にして提供することが必要である。IT化が進展し情報過多の環境の下、わが国においては、高度の専門能力を有する多様な人々を動員して、情報を適確に分析・評価する体制が極めて不十分であると言わざるを得ない。エネルギー・環境といった国家の存立に直結する課題については、政策担当者、関係者及び国民が情報を共有する基盤を整備していくことが、将来、顕在化が必至の資源制約及び環境制約を克服する上で不可欠である。

 

構想

1.        エネルギー・環境に係る戦略策定に資する情報を適確に提供できるエネル

ギー情報基盤の整備を図る。

2.当該分野の内外の調査研究機関をネットワークすることにより、それらのポ

テンシャルを活用しつつ、地球的な視点から広くエネルギー・環境に係る情報を収集し、内外の専門家から得られる知見により分析・評価を行なう。

3.        分析・評価された情報を政策担当者に適時適確に提供する。また、情報は貴

重な国民的な財産であることから、産・官・学・メディア等の関係者、さらに、広く国民に、利用しやすく、かつ、分かりやすい形にして提供し、情報の共有と活用を図る。


添付1 公開シンポジウム『日本のエネルギーに未来はあるか−有限の地球に生きる−』概要

 

日時: 平成16年11月1日()  日本学術会議講堂 10時〜17時 

主催: 日本学術会議第5部 資源開発工学研究連絡委員会

             エネルギー・資源工学研究連絡委員会

地球・資源システム工学専門委員会

(社)日本工学アカデミー エネルギー基本戦略部会

同       環境フォーラム

(財)エネルギー総合工学研究所

後援: 内閣府、外務省、資源エネルギー庁、国土交通省、環境省、(社)経済同友会、

(社)日本経済団体連合会、新世紀文明国会議員懇談会

協賛: (社)日本工学会、(社)先端技術産業調査会、環境資源工学会、(社)資源・素材学会

   (社)石油学会、(社)日本エネルギー学会、(社)日本原子力学会、(社)物理探査学会

   (社)日本リモートセンシング学会、石油技術協会、日本地熱学会

聴衆 約 300名

 

◆ 開催趣旨 ◆

20世紀文明は「安く豊富な石油」が支えた。21世紀に入って、この石油に限りが見え始めたが、これはいわゆる枯渇論のことではない。石油生産のピークが、2010年以前にも訪れ、需要に生産が追いつかなくなる。これが「石油ピーク」ということである。しかし残念ながら「エネルギーの質」を理解しない人も多く、資源といえども新技術が、市場原理が解決すると楽観するが、最近の原油価格の高止まり、イラク戦争、イスラム原理主義の台頭など世界の緊張は、脱石油の新しい世界秩序の必然を予感させる。地球はやはり有限であった。事実、北海油田は1999年に生産のピークを迎え、その後衰退の一途を辿っている。そして様々な公的な情報に逆らうように、「石油ピーク」は顕在化し始めたようである。世界最大のサウジ、ガワール油田からの原油に水が随伴すること、湾岸5カ国にも、それほど増産余力はないことなども、非公式だが次第に知られつつある。世界最大のエネルギー消費国のアメリカでは、今天然ガスの急速な減退が大きな問題である。天然ガスも無限ではなかったのである。危機感の少ない暢気な日本だが、改めて「地球は有限」と認識し、早急に真剣に未来のエネルギー論を展開すべきである。本シンポジウムはそのためである。在来、非在来型の化石燃料、原子力、自然エネルギー、水素、燃料電池、そして地球環境問題など、有意義な「議論」が展開されることを願っている。

 

 ◆ プログラム 

1000   開会挨拶                                  日本学術会議副会長                     岸 輝雄

1015   「安く豊かな石油時代が終わる−“石油ピーク”の意味するところ」

            ()日本工学アカデミー 環境フォーラム代表 

            東京大学名誉教授  富山国際大学教授                                          石井吉徳

1115   「エネルギー政策をめぐる諸問題」

            ()日本工学アカデミー エネルギー基本戦略部会部会長  

            三菱マテリアル()名誉顧問                                                         秋元勇巳

1330   「新しい文明への移行―“人類と地球”の世紀−」

            ()モリエイ代表取締役会長  ()日本学術協力財団理事                 内田盛也

1430   「水素エネルギーの展望と課題」

            東京大学名誉教授                                                                      吉田邦夫

1545   「日本列島をめぐる領土と資源エネルギー」

            日本学術会議第5部会員  京都大学教授                                      芦田 譲

1645   総括とアピール      

            ()日本工学アカデミー エネルギー基本戦略部会副部会長              

            ()エネルギー総合工学研究所理事長                              秋山 守 

1700   閉会挨拶           ()日本工学アカデミー副会長                三井恒夫                  
添付2 11月1日開催公開シンポジウムにおける総括(概要)

 

1 本シンポジウムでは、エネルギー・資源問題が拡がりを見せる中、人類が達成すべき3つの目標である経済発展、エネルギー確保及び環境保全を視野に入れつつ議論を行なった。主要議題であるエネルギーは、資源確保問題から輸送、転換、利用への一連の流れがバランスのとれた形で発展させることが必要である。それらの発展を可能とするのは戦略思考であり、それを維持するには、地域文化の多様性の尊重と地球規模での視点が必要である。

本シンポジウムの副題として、「有限の地球に生きる」を掲げたが、地球が有限であることの認識に立ち、併せて、昨今の情勢に鑑みれば、20世紀に栄えた石油文明を支えた「安く豊かな石油の時代」が終焉を迎えることが強く懸念される。

 

2 講演では、それを裏付ける中東油田の動向と、その供給の約6割がアジア向けであることが示され、また、今後、世界人口の1/3を占める中国・インドをはじめ、石油需要が急増すると見込まれるアジアの東端に位置するわが国には、国際的な石油争奪に巻き込まれる懸念、あるいは、脆弱なシーレーンに起因するリスクのあることが指摘された。わが国近海のエネルギー資源を巡って近隣諸国と摩擦が発生している現在、わが国のエネルギー安全保障への対応の遅れは危機的との指摘もある。

これまで文明は、技術と資源エネルギーを原動力として発展してきたが、資源小国であるわが国の更なる発展は戦略思考に負うところが極めて大きい。エネルギーについては、EPR(Energy Profit Ratio)に基づく資源の質・量、転換・流通インフラも含め戦略的、体系的な開発・整備が必要である。

 

3 本シンポジウムでの議論を通じて、我々人類約64億人が「有限の地球」、それも、約2割の先進国と他の貧困な国々の混在の中に生きているとの実感が深まり、エネルギーの未来について、一層の理解を深めながら問題解決に努めていくことの必要性を参加者で共有することができた。今後は、この共有した認識を行動へと移すこととなるが、当面、次の2点の具体化を図ることに力を尽くしたい。

 

(1)   エネルギー情報基盤の整備

  地球規模でのエネルギー・食糧・環境問題の解決に向け、現実的な状況認識も含めた必要な情報を収集、分析・評価し、産・官・学の関係者及び国民に提供するための基盤を構築すること、同時に、この基盤は、国際的に注目される機関となるようにネットワークを形成すること。

 

(2)大陸棚問題への行動の展開

  2009年の国連大陸棚限界委員会への申請期限を念頭におき、自国資源確保のための基本戦略を早急に構築すること。

海洋法条約による大陸棚問題は、新規油田・天然ガス田開発のフロンティアが海洋にあることと無縁ではない。新しい海洋領土概念は、旧来の政治的国際経緯のみで判断されるものではなく、地球科学的視点による大陸・島嶼形成と、現存陸地領土と周辺海域との関連について、科学的かつ実証的に調査、主張して、新しい領土権が確立されるものである。

  近海資源は、わが国の安全保障上、超長期的には現在の経済的な視点とは異なる救国的な意義を持つ可能性があり、国家国民的な責任として維持すべき課題である。


 

 

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