脱石油文明戦略策定は国家の急務
―日本の危機への対応―
科学技術連合フォーラム
代表世話人 内田盛也
世話人 石井吉徳
１） 石油はいずれ無くなる。
・
可採年数約４３年であるが、生産量のピークは早ければ2004年と見られる。また天然ガス可採年数６２年である。エネルギー資源価格高騰、争奪紛争への懸念が高まる。
・
日本は無資源国となっている。（石炭可採年数２３１年も日本は生産中止）
・
核融合エネルギーは、見通しが立つのは今世紀後半と見られ、来る危機に間に合わない。超長期の可能性追求対応策である。
・
メタンハイドレードは存在確認のみ、資源としての利用可能見通しは未知。現状では不確実な対象でしかない。
・
原子力は、ウランも可採年数７３年と有限である。また国民容認についても、不安定な状況にある。供給者の上流から下流に至る全過程についての責任意識向上と国民理解への一層の努力が必要である。
−ここ数年間で危機顕在化の可能性は極めて高い―
２） 石油依存の日本農業は壊滅的打撃を受ける。
・ 化学肥料、農薬、燃料への依存度は、世界の中でも極めて高い。
・ 土壌の荒廃が進行している。（過剰化学品使用）。
・ 水質汚染も進行し無視できない状況となっている。
−食糧自給率約４０％の現状は、先進国中最悪であり、農業従事者の高齢化は異常―
３） 石油資源依存の化学工業製品への影響。
・
合成樹脂、合成繊維、合成ゴム、化学品等の価格高騰への懸念。特にＣ４、Ｃ５以上の製品が問題である。
・
プラステイックスは容量ベースで鉄鋼を超す。合成繊維、合成ゴムは天然繊維、天然ゴムと並ぶ使用量。
・ 天然材料等への回帰志向の兆しが始まっている。
・
石炭依存技術は喪失し、また可能性があっても高コストは避けられない。
などである。
こうした来るべき事態に対して、対応可能な産業社会へ大転換をする舵を切る事が急務であり正確な情報と情況を国民へ周知させ、産・学・官・政一丸となって対応する国家戦略を策定しなくてはならない。その国家戦略に基づいて、英知を結集し科学技術力を動員し、危機克服を推進すべきである。総合科学技術会議に期待する事大なるものがある。
石油の未来と食料・環境
東京大学名誉教授 富山国際大学教授 石井吉徳
1
) 見えない未来のエネルギー：減退する石油生産量
人類は持続できない、今のままでは
現代文明は大量生産、大量消費、大量投棄型の仕組みで成り立っており、その維持には大量の資源・エネルギーが必要である。しかし地球は有限であるから、いずれ枯渇する。この意味では現代の工業化社会は持続的ではない。
図１−１にこの仕組みを図示した。人類はこれを産業革命以来、ほぼ１世紀にわたって続けてきたが、この仕組みは膨大な物流も作り出しており、日本では「見えない物流」までいれると、ほぼ５７億トンに達する。今問題の地球環境の破壊、生態系の汚染は、この巨大な物流のなれの果てである。
現代農業も持続的でない
人間生存の基盤である農業にも、問題は山積している。現代の集約的、画一的な農業は自然と共存的であるとは言い難く、その維持には大量の合成化学物質が使われている。これらの物質は石油から作られ、農耕機械も石油で動いている。ソ連崩壊後の石油の供給不足により起こった北朝鮮の飢餓は、現代農業の弱さの典型的な例である。これに対して同条件に置かれたキューバは、自然と共に生きる伝統的な農業に回帰し、有機農業を積極的に進めたため国民は飢えることがなかった。
このような例からも分かるとおり、我が国も採用している石油漬け農業は問題が山積しており、加えて食料の自給率低下、農業従事者の高齢化などは憂慮すべき状態にある。この独立国と言い難いほどの脆弱性は、国土が狭いにもかかわらずアメリカ型の農業を採用したためであろう。
循環型社会と３Ｒ
そこで資源循環、循環型社会の構築が大切と考えられるようになった。従来までの一方向の物流を循環させ、資源として再利用するいわゆるリサイクルだが、これが思うように進まずゴミはむしろ増え続け、日本列島はその内ゴミに埋まりそうである。この理由は根本的には単純である。そもそも人間が自分の排泄物のなかで生きられないように、社会も自らの排泄物を簡単に再利用はできない。自然の循環系に習うものとされるが、自然系の循環には、膨大な太陽エネルギーが使われていることに注意すべきである。人間が作る人工物の循環にも必ずエネルギーが必要で、図１−１下方に「エネルギー」と書いたのはそのためである。
鉄、アルミ、古紙などは、今もかなり再利用されているが、それは資源としての利用価値が高く採算ベースにのりやすいからで、これに反してペットボトルなどプラスチックの再利用は難しく再生衣類にしてもあまり普及しない。
このように廃棄物にはリサイクルに向くものと、そうでないものがあることに注意すべきで、無理に完全リサイクルにしようとすれば、環境負担がかえって増すことがある。環境基本計画にも謳われる３R、「Reduce, Reuse, Recycle」において、最初のR、Reduceが最も大切なのである。
自然系は太陽エネルギーで循環される
自然循環系は太陽エネルギーで維持されている。光合成がその原点にあり、植物は太陽光を用いて大気中の二酸化炭素を固定し、固定された有機物は食物連鎖によって動物、微生物へと無駄なく循環利用され、再び二酸化炭素へ戻る。
この壮大な自然の仕組みは何千万年、何億年もかかってでき上がったものであり、人間が簡単に真似のできるものではない。本来人間は自然系の一要素に過ぎないが、欧米に源流を持つ現代文明、自然と対峙する道を選び、自然が長年蓄えた太陽エネルギー、つまり過去の遺産を一瞬の間に使う浪費型文明を構築してきた。
このように考えると「ゴミは資源」、「循環資源」という標語の本質が見えてくる。改めて資源とは、何かと問う必要がある。資源とは、「濃縮されている低エントロピー物質」で、高エントロピー物質であるゴミから有用物質を抽出する、つまりエントロピーを下げるには必ずエネルギーが要るのである。
例えば鉱石を精錬し有用金属を抽出する場合、品位が低いと指数関数的に必要エネルギーが増すが、廃棄物の循環においてもこの事情に変わりはない。
図１-１ 循環社会：大量エネルギーが必要
豊富であった石油資源もいずれ減退する
地球は有限、したがって地球資源も有限である。このことは原理的には誰も分っているが、現代人の現実の行動を見る限り、そうではないようである。主流のエコノミストも例外ではなく、いわゆる新古典派経済学は地球資源問題と言えども市場が解決する、資源が不足すれば価格が上昇し、探査、開発技術が進歩するので、新資源がいつまでも見つかると思うようである。
表１−１はエネルギー資源量を整理したもので、これには埋蔵量を年間生産量で割った可採年数が示されており石油が43.3年、天然ガスでは61.6年となっている。石炭はこれより一桁長く231年である。一方、原子力燃料のウランも有限で、ここでは73年となっている。改めて強調するが、ウランも有限な地球資源であることに変わりはない。
表1-１
世界のエネルギー資源量（資源エネルギー庁）
地球の資源とその寿命
いわゆる資源の寿命とはこの表のように、推定埋蔵量を年生産量で割ったものに過ぎない。一方、現実社会における資源の需給は、その時々の政治、国際情勢などに左右されその入手可能性は単に可採年数で決まるものではない。供給不安と見れば売り手市場となり、地政、政治力学も重要である。イラク戦争にも石油が大きく陰を落としている。
日本も世界動向を見据えつつ、長期的な時間軸でエネルギー、水、食料など国の生命線についての戦略を考える必要がある。
石油生産量は近い将来減退する
日本では余り知られていないが、最近石油の生産量が比較的早い時期に減退に向かうと考えられており、石油は今後１０年以内、天然ガスは２０年以内に生産量がピークを打つ可能性すらある。
本論は石油文明が大きな転換期にあること、それに依存する現代工業化社会、そして農業も危ないと警告するものである。
ハバート曲線とそのピーク
1956年、シェル石油の地球科学者ハバート（M.K.Hubbert）は、アメリカの石油生産は1970年頃にピークを迎えると述べた。当時各界から大反撃を受けたが、事実アメリカの石油生産量は、1970年ピークに迎えその後減退に向かったのである。ハバートは正しかった。その生産量の推移を示す曲線をハバート曲線と言い、そのピークをハバート・ピークと呼ぶ。
このハバート曲線は、一種の石油生産量の予測曲線であり、これには過去の石油生産量と可採埋蔵量に関する膨大な統計的データが用いられており、単純に見えるカーブもそこには科学的データに基づいた資源についての深い洞察がある。
図１−２ 世界の石油生産量：過去と未来、ハバート・ピーク（C.J. Campbell）
世界の石油生産量とその予測
このハバート理論を石油地質学者
キャンベル（C.J.Campbell）は世界の石油生産量予測に応用した。図１−２がその結果である。これには代表的な石油産出地域も示され、右上に世界の生産ピークが2004年とある。勿論この曲線の頂部は滑らかであるから、2004年そのものが重要なのではないが、近い内に石油が減退する可能性があることに注目すべきである。
この石油に関する悲観的な予想は、別のデータから裏打ちされる。表１−２は第二次大戦後の石油発見と最近の消費量であり、これによると戦後間もなく中東を初め巨大油田が相次いで発見されたが、それは余り長くは続かなかった。最近10年間の年間発見量は、消費の4分の一にも満たない。
勿論この間、石油探査技術は大きく進歩しているが、経済学者が期待したとおりにことは運ばなかったのである。第2の中近東も無かった。また図１−３はこの傾向をグラフにしたもので、発見量は明らかに減少している。
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時期 |
年間平均石油発見量（１０億バーレル） |
特記事項 |
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1945~1960 |
35 |
主に中東地域 |
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1970~1990 |
23 |
石油危機の影響 |
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1990~1999 |
6 |
年消費量の２５％以下 |
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1990~1999 |
25：平均年消費量 |
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2000 |
28：推定年消費量 |
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表１ー２ 世界の石油発見量の推移と消費量 (Murray Duffin, July,2000) |
図1-３ 石油の発見量と産出（A.F.F. ボーイズ）
いずれ来るOPEC優位時代
南カルフォルニア 大学のダンカン（R.C.
Duncan）は、図１−４のような石油生産予測を発表している。キャンベルと基本的に同様だが、石油生産のピークは２００６年、２００７年には本格的なOPEC優位時代が来るとしている。
図1-４ 世界の石油生産量ピーク（Duncan他）
表1-３ 世界の４２主要石油生産国における生産量ピーク、資源量(Duncan他)
表１−３は同じダンカンによる、世界の石油産出４２カ国の詳細である。特に国別の生産量ピークが興味深い。
米国は１９７０年が生産量のピーク、衰退期に入った北海油田に頼る英国は１９９５年、ノールウエーは少し遅れて２０００年がピークとなっている。世界最大の石油埋蔵量を誇るサウジアラビアであっても、大量生産を続ければ２０１１年にはピークを迎えるとしている。世界第二の埋蔵量を有するイラクについては、ピークは２０１０年となっている。近年このイラクの埋蔵量はサウジアラビアに匹敵するという意見もあり、世界の中東依存はますます高まろう。
その他のエネルギー
石油に代わるものが天然ガスと見られている。それは温暖化対策として天然ガスは有利であり、まだ資源量も豊富とみられるからである。しかし、天然ガスを石油の完全な代替と考えるのには色々無理がある。運輸用としては液化処理が必要であり、化学原料としても石油ほど多目的ではない。
図１ー５は、石油のみならず天然ガス、カナダのオイルサンド、ベネズエラのオリノコタールなどのいわゆる非在来型の重質油も加えた、総炭化水素資源の生産予測である。これから未来はそれほど楽観できないことが分かる。
図１ー５ 在来、非在来型の全石油、天然ガスの生産量予測（C.J. Campbell 2002）
原子燃料のウランも、地質的に濃縮された有限資源であり、その採掘から原子力発電所の建設までの各過程で石油が使われている。その上、超長期の放射性廃棄物の密封、保管に要するエネルギーは今のところ見積ることすら難しい。海水ウランをという話もあるが、その濃縮には膨大なエネルギーが要ることを忘れてはならない。
高速増殖炉も、「もんじゅ」の事故で先行きが見えなくなった。永遠のエネルギー源とされる核融合はそれより更に遠い先のことであり、近未来の石油減退に間に合いそうにない。
話題のメタンハイドレートも、資源としての価値は低いのである。それはメタンハイドレート層に井戸を掘っても、メタンが大量自噴するわけではなく、また期待されたハイドレート層下のフリーガスの存在はいまだに不明である。海底面の地滑りなどの環境問題、地球温暖化との関連も気になる。メタンハイドレートは、未だ自然科学的な研究対象と見るのが妥当であろう。
エネルギーの用途と需給
エネルギーの用途は、図１−６
のように産業、民生、運輸に３分類される。工業国である日本は、産業用が多く４０％を越すが、最近は横這い傾向にある。これに対して民生、運輸の伸びが大きく、一般国民の省エネルギーが重要となってきた。３分野それぞれについて性格が異なり、集中的な大エネルギーを要する産業用、分散型も可能な家庭、民生用で違った省エネルギーの選択肢がある。
更に一口に運輸用と言っても、鉄道、車、航空機用では全く違う。車より鉄道と公共的な交通システムが重要で、それに適った都市構造も工夫が要る。
いわゆる水素エネルギー社会も、「水素は二次エネルギー」であることを忘れてはならない。水素を何から作るかである。まず大切なのは「一次エネルギー」であり、見かけ上一次エネルギー的に見えても、石油に寄生することもあるので、これから国は「エネルギー利益率」（Energy
Profit Ratio:
EPR）など、「本質的に意味のあるエネルギー指標、統計資料」などを整理し、一般に公開する必要がある。さもないと国民にはエネルギーに関する真の姿が見えず、国も真に意味のある戦略、政策立案ができない。
図１−６ エネルギー消費の動向
脆弱な日本のエネルギー基盤
表１−４は日本のエネルギー基盤であるが、その海外依存度は79.4％と極めて高い。エネルギーにおける石油依存度は52％と高く、しかも中東依存度は８６％にも達する。これが欧米と対照的な日本のエネルギー基盤の脆弱性である。
いずれ安く豊富な石油時代は終わりそうである。国全体で未来のエネルギーについて、本気で考え直す時期に来ている。
表1-４ エネルギー需給構造（新エネルギー財団）
図１−７は米国エネルギー省による世界のエネルギー消費の予測だが、依然として石油の伸びが高い。果たしてこの通り行くのだろうか。
図1-７ エネルギー需要予測（米国DOE）
再生可能なエネルギーとは
有限なエネルギー資源を使い切れば、いずれ再生可能、自然エネルギーに頼るしかない。だが現実には図１−８のアメリカの例のように、再生的エネルギーは未だ全体の８％、その内訳は水力、バイオマスなどが殆どである。風力、太陽は最近伸びてはいると言っても、全体に占める量は微々たるもの、大きな経済を持つ国の自然エネルギー利用は至難なのである。
図１−８少ない再生可能エネルギー源(米国エネルギー省)
人類のエネルギー文明史
図１−９は１万年スケールの「超長期の人類エネルギー文明史」である。現代は化石燃料時代と位置づけられているが、それが一瞬に過ぎないのであり、人類が自然エネルギーに戻れそうにないと主張している。科学技術が何とかするなどと、安易に言ってはならない。もう人類は何かを本気で変えなければならない。
図1-９ 人類の文明とエネルギー（1975、オレゴン州知事）
２）自然と共存する自立農業を：危ない日本の食
石油が支える現代農業
農業は自然と共に存続する、人間の基本的な営みである。 “土”がその基盤であるが、現代人はその大切さを忘れたようである。”土”とは単なる岩石粉末ではなく、有機物を豊富に含む豊かな土壌には小動物、微生物など多様な生態系が生きている。そこに育つ植物は、大気中の酸化炭素を固定する。その時、植物は窒素、燐酸、カリなどの栄養素を必要とするが、それらは落ち葉、朽ち落ちた木々などの有機物を通して循環している。
この循環系を自然は何億年もかけて形成したが、現代農業は化学肥料、殺虫剤、除草剤などの合成化学物質を大量投下して断ち切ってしまう。この結果、土は次第に固まり無機化し地力を失う。これが近代化と称する「土壌破壊」だが、かくして現代農業は石油無しには成り立たなくなる。
この効率最優先の農業は、必然的に集約、画一化に向かい、農民は自分が食べる食料を自分で作らなくなる。むしろ、構造的に「作れなくなる」といった方が良いのかも知れない。アフリカなど第三世界各地で農民が飢えるのは、この仕組みによるもので、近年のグローバル化によって更に加速される。
図２-１ 石油に依存する現代農業、そして環境汚染
石油依存型農業は広域環境汚染を招く
図２−１は「石油、農業、自然環境」の関係で、石油からの過度の肥料、農薬使用は広域の環境汚染源となっている。
また集約、画一的農業は生態系のバランスを奪うため、病害虫被害はかえって増加することが多い。それは殺虫剤など、害虫と同時に、天敵も一掃するためで、かくして土は次第に無機の岩石粉と化して行くが、これは知られざる２０世紀型の資源枯渇である。
１９７０年代、インドなどで「緑の革命」として持てはやされた「夢の種子」は、原理的に極端なエネルギー浪費型であった。この結果、インドなどで、古い歴史を持つ自然共存型農業、伝統的な民族基盤、伝統と知恵などが徹底的に崩壊したという。マネー優先、換金作物の農業はかえって農民を飢えさせ、社会を疲弊させたのである。
２０世紀型の「自然と対峙する文明」は、このような意味でも基本的な曲がり角に来ているのであろうか。
危ない日本の農業
日本の食料自給率は、いまカロリーベースで４０％を切っている。日本は食べ物すら自給できない国となった。図２−２のように、その自給率の低下は先進工業国中、異常といってよい程である。イギリスもかって自給率が４０％まで低下したが、その後70%台までに回復した。
図２-２ 減少する日本の食料自給率：国際比較（農林水産省）
日本の国土と農業用地
日本人一人当たりの農用地面積は、図２−３のように先進国中でも目立って少ないが、表２−１に見るとおり日本の国土面積が特に狭い、というわけでもない。
図２−３ 食料自給率と農用地：国際比較（農水省）
表２−１各国の農業事情（農業統計協会による、平成１１年度資料）
日本は資源、エネルギーを大量に輸入し、大量の工業製品を作り輸出し外貨を稼ぎ、それで大量の食料を外国から買っている。だが余りにも低すぎる食料自給率は、国家の安全保障上大きな問題である。いずれ来る石油危機に備え、食料自給、自然との共存は国家的課題なのである。
農業の規模、生産性そしてグローバル化
アフリカ、中南米、アジアなどの第三世界では、「途上国開発」の大義の基で集約的な外貨獲得型農業が推進されてきた。しかし極端な市場万能主義の農業は国家の権力と国際企業等、一部に冨が集中する傾向を生んだという。
幸い最近、本家アメリカでも小規模農場、家内農業の意義が話題となっている。あるアメリカ農務省の研究によると、統計の取り方によっては小規模農場の方が「総合的生産性」は高いという。それは小規模農業では多種多様の作物を栽培するからで、従来のYield（単位面積当たり単作の収穫）に代わりOutput（単位面積当たり多種の収穫）で「総合収益力」を見ると、全体の収益力は小規模農業が高く、むしろ農場面積に反比例するという。さらに雇用確保のためにも、小規模農業は優れていると見られるようになった。２１世紀を迎え農業も「集中から分散へ」、発想を変える時が来たようである。
農業従事者と年齢
日本では、農業が若者に見向きもされない。これは職場として農業が魅力ないからだが、これは表２−２に、農業従事者の極端な高齢化となって現れている。この異常さは日本の食の崩壊を意味するが、一方ヨーロッパ諸国では若年層が今もかなり農業に従事している。
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日本 |
フランス |
イギリス |
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35歳未満 |
2.9 |
28.2 |
31.7 |
|
35-44 |
7.1 |
28.3 |
22.2 |
|
45-54 |
14.6 |
26.8 |
22.0 |
|
55-64 |
24.2 |
12.7 |
16.3 |
|
65歳以上 |
51.2 |
3.9 |
7.8 |
表２−２ 農業従事者の年齢分布（％）：国際比較（A.F.F.ボーイズ）
エネルギーを浪費しない農業を
表２−３は我が国の米作における、投入／産出のエネルギー対比である。これを見るとエネルギー投入量は１９５０年から19７４年までに5.14倍に増加したが、産出エネルギーは5割増でしかない。エネルギー産出／投入比では0.3に低下している。これも日本の石油漬け農業の実態だが、これは先端的とされるハウス、水耕農業において特に著しく、季節はずれの農業は極端なネルギー浪費型である。
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1950年 |
1974年 |
1974年／1950年 |
|
|
投入エネルギー（肥料、燃料、農薬など） |
38.39 |
197.44 |
5.14 |
|
産出エネルギー（玄米収量換算） |
48.72 |
74.34 |
1.53 |
|
産出／投入比 |
1.27 |
0.38 |
0.30 |
表2-3 水稲における投入エネルギー（GJ／ha、宇田川武俊1976）
自然と共存する農業、食の安心
農業で使用される大量の化学肥料、農薬はいずれ河川、湖沼、海にたどり着き、広域環境汚染
、富栄養化の原因となる。一般には、肥料の大量投入は生産向上に不可欠と思われ勝ちだが、必ずしもそうではない。日本では化学物質が必要量の何倍も過剰投与されているようだが、一方長年にわたり有機農法を実践した経験によると、自然の多様性を生かせば化学物質を殆ど使わなくても農業は可能で、これはまた農業者、消費者の双方にとって健康上に良いことである。
自然との乖離は、牛、豚、鶏の飼育、魚の養殖などの現場でも、異常な程進んでいる。本来草食動物である牛に肉骨粉を与え狂牛病を蔓延させ大騒動となったが、飼料に混入する大量の抗生物質も耐性菌の増加として人間社会を揺すぶっている。
生産される食料には消費者に到達するまで、更に多種多様の化学物質が使われる。ここにも安全よりも効率、市場優先主義が蔓延しており、食のグローバル化はこれに一掃の拍車をかける。
３）浪費のない持続的アジア社会−物から価値へ
巨大な日本の物流
図３−１は日本の物流である。これには「隠れたフロー」、つまり日本に輸入される物資が資源国で作られる過程で発生する物流、及び国内での土木工事、鉱山で発生する捨て石、鉱さいなどが含まれる。
これらを総合すると日本の物流は５７億トンの規模となり、通常の「見える物流」約２０億トンの２倍にもなる。従ってこれらを全て循環、リサイクルしない限りゼロエミッションとは言えないが、これを文字通り完全に実行するとすれば、必要エネルギーは膨大なものとなろう。
これは到底不可能で、発想を根底から変えなければならないが、それにはまず過剰生産、浪費を止めることである。しかし、現代人にはこれが本当に難しいのである。今は日本は不況である、国、企業は国民に「もっと消費を」と呼びかけるが一向に物は売れない。その理由も簡単、大方の国民にとって本当に欲しい物はもう無いからである。
図3-1 日本の物流、見える物流と隠れた物流（環境省による）
「浪費しない、もったいない」の復権
これからは「浪費、成長型の２０世紀」の逆を行くことが求められる。そして「集中から分散」、「小さいことは美しい」、「効率より自然を重視」、「量より質」、「無限の成長を望まない」、「物より価値」、「多様な民族性の尊重」、「伝統的な知恵の尊重」などなど、今までの常識を見直すべき時が来たのである。
見直そうアジアの戦略
人口１３億人の隣国、中国では、いま大量生産型社会へと邁進している。世界の工場と言われる昨今だが、反面エネルギー需要も急増し環境破壊も進んでいる。この傾向は他のアジア諸国でも同様で、根底を流れる効率最優先、成長指向が様々な歪みを生む結果となっている。
これにアメリカ主導の市場至上のグローバル化が「勝者が全てを取る剥き出しの競争原理」を世界に輸出しつつある。競争は正義であると言うのだが、それも行きすぎると人心を荒廃させ、自然環境、資源枯渇などを顧みる余裕を奪う結果となる。環境技術ですら拝金主義に翻弄され、次々と出される新技術はかえって全体の環境負荷を増大させることになる。
このような理由から、２１世紀に入って科学技術のあり方そのものが問われ始め、新文明論が盛んだが、まだ余裕のある日本は「アジアを率先する立場」にあると考えたい。
「物より心」、変わりつつある国民の意識
図３−２は日本人の意識調査の結果である。これを見るとおり日本では「物の豊かさより、心の豊かさ」を求める人が３分の２に達しているが、「物と心の意識交差」は２０年も前から始まっており、国民は「新しい国の在り方、変革」を望んでいるようである。
図3-2 変化した日本人の豊かさ意識（内閣府による）
富の分配、格差の拡大
世界には「物余り」がある反面、最低限の生活すらままならない人々が大勢いる。古からの富の配分格差の問題だが、これが２０世紀後半になって更に拡大され、世界社会の不安定要因となって来た。最も富める国、アメリカ主導のWTOへの反発も激しくなった。地域民族の尊重、地域文化の多様性の保全、人間と自然との共存などは２１世紀の地球規模での人類テーマとなった。
一方“Think globally, Act
Locally“という言葉もある。すぐできることから始めたいものである。
文明、第3の転換期
文明は、不連続な転換によって大きく変るものである。第１の文明転換期とは、人類が農耕に定着した時である。第2が産業革命で人類は化石燃料、石炭を使うことによって、それまでの森を燃料とする慢性的エネルギー不足から開放された。これは、更に便利な石油時代へと引き継がれたのである。
その後、石油文明は爛熟と言えるほど発展したが、安く豊富な石油にも陰りが見え始めた。この石油依存型社会を根底から変える、便利なものから不便なものへの変換は一朝一夕にはできることではない。相当の年月を要するものである。
繰り返すが、日本のエネルギー基盤は先進国中、特に脆弱である。従ってどの国より早い「戦略の転換」が求められる。「持続可能な発展」ではない、「生き残りの戦略」である。
もう一つ、「第３の経済学」
有限資源観に立つ新しい経済学が必要である。それはいま主流の経済学が、「地球資源の有限性」を考慮しないからであるが、歴史的には百年以上も前、イギリスに石炭資源の枯渇を気にする「もう一つの経済学」が誕生していた。1865年、イギリスの経済学者W.S.ジェボンズ（1835〜1882）は「石炭問題」と題する書を出している。当時、イギリスの炭坑の採炭深度が次第に深くなり、１９世紀末には石炭が枯渇すると心配されたからである。
主流の２つの経済学、資本主義、マルクス主義経済学は共に地球資源の有限性を考慮することはなかった。その意味で、ジェボンズの経済学とその流れを「第３の経済学」、あるいは「もう一つの経済学」などと呼ぶ。しかしこの先駆的な発想も、その後の２０世紀の豊富な石油時代の到来とともに忘れ去られた。
有限地球観とエントロピー
1973年、第１次石油危機が訪れた。人々は改めて地球資源、特に石油の有限性に気づいたのである。難解なニコラス・ジョージェスク＝レーゲンによる、「エントロピー法則と経済過程」と題する書が出たのは１９７１年のことである。その理念は「人間活動は常にエントロピーを増大させる」、「そのプロセスは非可逆的」というものである。
図３−３がその思想の要で、2行、3行目がそれぞれ熱力学の第１、第２法則に相当する。特に第２法則「エントロピーは常に増大する」は、自然科学上の根源的な原理で、これによると「人は自然の悠久なエントロピー増大過程にある、小さな陽炎のような存在」と言うことになる。
経済のプロセスはエントロピー的である：
それは物質、エネルギーの生産も消費もしない、
ただ低エントロピーを、高エントロピーに変換するのみである。
（ニコラス・ジョージェスク＝レーゲン）
図３−３ 第３の経済学
まとめ
以上本論をまとめると、図３−４のようになる。左上から１）地球は有限である、２）物よりその利用価値を重んじる、３）浪費を求めない、そして４）自然と共存するアジアを目指せば、右の５）環境保全型の持続文明が可能となる。
図３−４ 持続可能な環境保全型文明
参照
１）「国民のための環境学」（石井吉徳著、2002愛智出版）：同名の個人ホームページ
http://ecosocio.tuins.ac.jp/ishii/
2）The Entropy Laws and the Economic Process (Nicholas
Georgescu-Roegen, 1971, Harvard Univ. Press)
3）Hubbert's Peak- The Impending World Oil Shortage（K. S. Deffeyes,
2001, Princeton Univ. Press）
4）http://www.oilcrisis.com など