2003年8月21日より

21世紀を生き抜く
(未定稿:2003年9月15日)
石井吉徳

「地球は有限」,無限を望まない,欲張らない
「物から価値へ」,意識を変え,無駄:
Mudaをしない
「欧米の論理から独立」,自分で考える
「知恵は無限」,21世紀は深い知的発展の世紀

常識は常に間違っている
「21世紀のキーワード:集中から分散」

2003年9月15日(月)

1. 地球社会の課題:アジアそして日本

1.1. 限界に来た指数関数的な成長:地球は有限

有限地球で、人類は物的に無限成長できる筈はない。年率何%の成長とは指数関数的成長のこと、巨大化した経済の1、2%増でもその正味で極めて巨大である。しかし今ではエコノミスト、企業家そして政治家などは、これでも低成長というようである。まさに「成長は正義」となったが、それを支えるため人類の資源・エネルギー消費は20世紀の間、伸び続けたのである。特に最近の四半世紀の伸びは、もう異常と言って良い程である。石油の消費量はまさにウナギう登り、これが人類の物質的急成長を支えた。いつの間にか、人類はこの「異常を当たり前と思う」ようになった。感覚が麻痺したとしか言いようがない。その頂点がアメリカだが、その世界最大の経済大国は巨大な債務国、これを日本などが支えている。アメリカは世界の資金を集め、膨大な地球資源を消費して成長を維持しているのである。そして彼らのアメリカスタンダードをグローバリゼーションとして世界に輸出するが貧富の差は拡大するばかり、世界中で紛争が激化する。この啓蒙主義もこの国の異常さである。改めて言うが、「成長は正義ではない」。

1.2. WEHAB-P:アナン国連事務総長による、2002年ヨハネスブルグサミットのまとめ

人類の生存に必要なもの、それは水:Water、エネルギー:Energy、健康:Health、農業:Agriculture、生物多様性:Biodiversityの5分野に整理できる。そして貧困;Povertyは地球社会の難問である。科学技術、人類の知恵はこの為に使われるべき、アナン事務総長の見解である。問題解決、目標が大切であると言うことだが、日本はIT、バイオ、ナノ、ロボット、ロケット、そして環境などと分類する。ここで環境だけが目標、他は手段である。しかし手段はあくまでも手段であり、ノコギリ、カンナを作る技術と、それを使って家をつくる大工の技術と全く違うが、これにそろそろ日本も気づくべきである。日本のモノ作り至上主義の限界がここにある。

1.3. 日本の課題

成長神話はもう止めよう。今の人類の膨張は、文明史から見ても20世紀後半、特に最近の4半世紀に特有なバブル現象に過ぎない。一地球科学者として私はそう考えざるを得ない。その理由は原理的に単純である。有限の地球に無限は収容できないからである。エネルギー資源、地球環境容量、水、大地など、地球のあらゆる人類を支える基盤はみな有限である。無限なのは無限に印刷できるる貨幣だけだが、これも最近ではインターネットで世界を一瞬に駆けめぐる、コンピュータに表示される単なる数字に過ぎない。こんなものに振り回されて良いのだろうか、という思いを私は振り払うことが出来ない。現代の文明、科学技術は真面目に働く人々を本当に幸せにしているのだろうか。統計によれば「物より心の豊かさ」を願う人々の数が多くなったのは20年も前のこと、今ではもう60%の「国民が物より心」と思っている。これらの単純な疑問に、日本の指導者は答えられそうにない。

1.3.1. エネルギー:脱石油社会の構築

石油生産量が頭打ちになりつつある。それは際限のない需要の延びに生産が追い付かないからである。石油など、地下資源は発見されてから生産されるだが、世界の石油発見のピークは1964年頃であるから、今ピークの石油生産は40年も前に発見されたものを食いつぶしていることになる。この間も探査技術は格段に進歩したが、最近10年間の年発見量は平均60億バーレル程度で、280億バーレルに達する生産量の4分の一にも満たない。エコノミストの主張する市場至上主義も、石油発見に寄与しなかった。また科学技術の進歩も、地球規模での石油資源の長期逓減傾向を挽回するに至らなかった。

1.3.2. 食料、食の自立:現代農業は石油が支えている肥料、殺虫剤、除草剤、農業機械の燃料

現代農業は石油の大量消費の上に成り立ってる。これは最も広域の環境破壊者でもある。既に日本の水田地帯では、土壌は死んでしまったようである。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」が具現されたのか、もう田舎ではトンビが飛ばない、ヘビもいなくなったという。彼らの食べる小動物達が、大地、土から消えたからで、殺虫剤、除草剤など石油から作る合成化学物質が生命を一掃し、自然生態系を完全に破壊したからである。土はかっての生命が宿る土壌でなくなった。ミミズも、虫も、タニシも、イナゴも居ない大地、音のしない水田地帯は異様である。人間はもう「ある限界」を超したのかも知れない。

1.3.3. 民族の自立:21世紀を自分で考える

21世紀の「持続的発展」が流行語となったようだが、狭い日本列島にすむ1.2億人の日本人はエネルギー、食いずれにおいても自立にほど遠く、この流行語のように行きそうにない。日本は独自の「生存の道」を探らなければならない、のでないだろうか。同じことはアジア、多くの第三世界についても言えそうである。欧米の論理、20世紀の「膨張の論理」が有限地球と相容れなくなったからである。もともと西欧文明は自然と共存する論理が希薄、彼らも未来への確たる答えをは持っているわけではない。むしろ今後に備えた新しい世界システムを力ずくで構築しつつあるように思える。日本そしてアジアは、有限地球を生き抜く「21世紀の知恵」を自ら考える時に来ているのではないだろうか。

2. エネルギー戦略の樹立:先ず現実を認める

一般は殆ど知られていないが、世界が頼る超巨大油田の多くは4、50年も前に発見されたものである。更に、年間280億バーレルの石油生産量とは、最近話題のカスピ海周辺の埋蔵量300億バーレルに匹敵するほど巨大なのである。すでにピークを過ぎた北海の油田は、これより更に少なかった。このように、最近の人類の石油消費量が余りにも巨大なのである。この類い希なる石油資源に支えられた20世紀、特にその後半の人類の指数関数的発展は、地球資源論から見ても人類文明史から見ても、極めて異常な短期的現象なのである。限りあるものを、無限と思いこんで、指数関数的に、消費すれば必ず無くなる。この当然な現実に、人類は地球規模で当面しただけのことである。

2.1. 人類は地球の石油の半分を消費した:安く豊富な石油時代の終焉

ASPO (The Association for the Study of Peak Oil)の第2回会議は、2003年5月26、27日パリ郊外のIFP、フランス国立石油研究所で開催された。私はアジアただ一人の出席者であった。ASPOは著名な石油地質学者であるC. Campbell、ブッシュ大統領のエネルギー・アドバイザーであるM. Simmonsanなどが中心となった、ヨーロッパの専門家達の少数グループであり、パリ会議は昨年スエーデン、ウプサラ大学に継ぐ第2回の国際会議である。ASPOの主張は、世界の石油資源は既に半分消費されており、石油生産はピークを迎え20世紀の安く豊富な石油時代が終わりつつある、ということである。「Oil Peak」、「Oil Depletion」などがそのキーワードである。

2.1.1. 「Oil Peak」の意味するところ

アメリカブッシュ大統領のエネルギー顧問であるM. Simmonsは、世界の石油生産は既にピークを2000年に迎えたと述べている。そしてアメリカは今天然ガスの生産量を維持するの精一杯である、ボーリングを倍増しても減退を留めるがやっとであると警告している。ガス田はその性質上、減退は急で、その不足はカナダから補っているという。そしてカナダでエネルギー資源の減退は憂慮すべき状態にあるという。世界最大のエネルギー消費国アメリカで21世紀に入って、何かが変わりつつある。

2.1.2. 2000年がピークだった:M.Simmons

今石油生産がピークにあること、それはバブル当時それがバブルであることに人々は気づかないように、分からないのである。1970年がアメリカの石油生産がピークにあったが、誰もそれを認めなかった。K. Hubbertの警告は1956年であったが、当時その先見は無視され、冷笑にさらされたという。後年、アメリカが1970年がピークであったとに気づいたのは、1980年代も半ばに入ってからであったという。「ピーク」はその時は分からない。それはその時、生産が最大だからである。生前のHubbertを知るDeffeysはパリで、その当時の状況と今が恐ろしいほど似ていると述べた。生産がピークを迎えた後のアメリカは、国外から大量の石油を輸入し始めたが、世界ピークを迎える地球社会は何処にも逃げ場がない。宇宙エネルギーなどと言う学者もいるが、最近のSFですらもうそれほど呑気ではない。人々は「ピークが分からない」と、SimmonsはASPO会議でそれを自動車のバックミラーで表現し、ようやく楽観論者と悲観論者が議論を始めたが、それは遅すぎたと述べた。日本にはそれすらない。

2.1.3. Oil Peakを過ぎて世界のエネルギー需給は不安化

「石油ピーク」の問題とは、石油が無くなると言う意味ではない。石油は地下に永遠に残るものである。C.CampbellもM.Simmmonsも、石油が枯渇するとは言っていない。「Oil Peak」が来る、あるいはもう来た」と警告しているのである。私も、一地球科学者として、これを当然と思っているにすぎない。問題は、安く豊富な石油時代が終わる、価格、供給が不安定となると、我々は心配しているのである。そして最後の頼みが我々と全く異質なイスラム圏、地政学上特異な所、中東となると注意しているのである。この地域は、いま急速な人口増にあり砂漠地帯のため海水淡水化プラントのエネルギー消費が急増しつつあるが、これも単に原子力で海水淡水化すればよいと言う単純なことでもない。それは今の原子力は「上流から下流」まで、石油に大きく依存するからである。ここで上流とはウラン採取、下流とは放射性廃棄物問題である。その上ウラン資源は無限ではない、地球は有限だからである。また、いつまでも海水ウランなどと資源科学に反するようなことを言ってはならない。

2.1.4. 資源:条件の悪いものが後に残る

石油などの資源は採りやすい物から先に使われる。森林の消費からこれは容易に理解できよう。人間は周りの木から使って行く。石油を半分使い切った人類には中東を除けば、もう大深度、大水深、極域など、不便でコストの高いところしか残っていない。必要エネルギーは次第に増え、ネットでエネルギー生産しなくなる。

2.2. 石油は現代社会を支える「生き血」

石油は人類が手にした最も優れたエネルギー源、石油資源は最も重要な合成化学原料

3. 戦略を構築しよう日本国家:国民は分かっている

3.1. 世界はどうなる

3.1.1. 地球環境問題

ピークオイルに備えた社会、文明の改革は温暖化対策そのもの。現代工業化社会の浪費構造を止めることが先決である。

3.1.2. 天然ガスは石油の代りにとならない

天然ガスも有限な資源。アメリカは天然ガスが欠乏時代に突入。車、ジェット機は動かない、液化にもエネルギーが要る、新しい社会インフラ構築が不可欠

3.1.3. 資源量の豊富な石炭だが汚い:環境問題

世界に分散する豊富な資源、温暖化問題が懸念される、やはり有限な地球資源。ウランも有限、海水ウランは幻想でしかない

3.1.4. 原子力だけで世界は維持できない

長期の原子力発電計画、建設:脱石油にすぐは間に合わない。原子力も石油が支える。上流、中流、下流の課題、高レベル廃棄物の超長期保問題、「地層処分」は国民の納得が得られるか。核融合はまだ遠い先のこと:到底間に合わない

3.2. そして日本は:戦略意志をどうする

ピークオイル:成すべきことが明確となれば日本は前進できる

3.2.1. 誤解の多い新エネルギー

3.2.1.1. メタンハイドレートは資源ではない

メタンハイドレート層下のフリーガスのみが可能性。ハイドレート層そのものは拡散した不均一な海底堆積物内の固体物質:油ガス田の延長線上にない、濃縮されていない海底下の採鉱問題、海底面の地滑り、メタン放出の温暖化問題、仮に資源であっても、迫り来る危機に間に合わない

3.2.1.2. 戦略を整理しよう水素社会:水素は一次エネルギーではない

合理的な「バイオから」論の構築、現代農業は石油漬け、食料生産と競合

3.2.1.3. 問題整理が必要な燃料電池

まだまだ先の燃料電池車、白金触媒をつかう燃料電池車は未来の決め手とならない、本質は車社会の見直しであり、水素製造コスト、炭素をどう使うも問題

3.3. 正味のエネルギー評価:Net Energy

EPR: Energy Propfit Ratio、ERE: Energy required for Energy

4. 無駄のない社会::必要な物を、必要な時、必要なだけ作る

4.1. 出来ることから早急に始める

21世紀社会のインフラ整備:間に合いそうにない

4.1.1. 何が大事で何が必要:問題の整理

4.2. 脱大量生産、脱浪費の低環境負荷型社会

4.2.1. 「無駄をしない、もったいない」の復権

4.3. 論理を整理すべき地球環境、循環型社会論

「物の豊かさ」より「心の豊かさ」:社会構造、理念の抜本的な見直し

4.3.1. リサイクルとエネルギー

4.4. 物が提供する価値

5. 自然と共に生きる:21世紀はアジアの世紀

5.1. 食の安全保障:論理の再構築

5.1.1. 農業の見直し:脱石油の自然農法

石油が減退し価格が不安定となった時、安く豊富な石油時代が去った時、石油漬けの特に進んだ日本農業は壊滅状態となろう。本来、農業とは自然と共に歩む「人の基本的な営み」である。ところが現在の工業化された日本農業は、肥料を必要量の5倍も使用しているという。韓国でも3倍だそうだだが、[Oil Peak]を機に自然農法に回帰するべきではないだろうか。日本にも多くの有機農法の実践者がおられるが、その経験によれば、膨大な化学合成物質を使わなくとも、自然の多様性と調和する農業は、殆ど人工物を使わなくも済むという。大陸における画一的で米国型工業的な換金農業は、本当に日本向きなのだろうか。インドの農村には、古来「害虫」という言葉は無いそうである。しかし、今は自然と共存する民族の知恵が、「緑の革命」と称する外国發の近代化技術で蹂躙され、食料を生産する農民が先ず飢えるという。

5.1.2. 食料安保と世界:日本とFTA、WTO

ジェームス・シンプソン、龍谷大学教授によれば(日経2002-7-8)、日本の農業は国民総生産(GNP)の1.5%を占め、他の先進国とほぼ同じ水準にある。しかし極めて小規模、農家一軒あたり平均耕地面積は2ha(ヘクタール)に過ぎない。これに対してオランダは20ha、米国は200haである。これからも農業改革は必然だが地理的条件、人口密度からみて、関税その他の貿易障害なしに日本農業は国際競争に耐えられそうにない、生存不能である。そこで農業を切り捨て製造業とサービス業に徹し、各国とFTAを締結することが日本国民全体の利益になるとの考えが出る、外国は勿論、日本国内からも、果たしてそれは正論なのだろうか。今ですら食料自給率はエネルギーで40%でしかないが、これ以上下げて本当に良いのだろうか。

5.1.3. 開放による国民の利益は殆どない

米国農務省(2001-5)「WTOにおける農業政策改革今後の展望」によると、農産物に関する関税、補助金を撤廃した場合の経済効果は、一人当たり36ドルであるという。対してニュージーランド、米国はそれぞれ国民一人当たり156ドル、49ドルの所得増となる。36ドルで日本の農業が壊滅する日本は、安全保障上大変なことになると私には思える。この問題は自給率だけではない。中国からの食料に依存することも重大である。中国からの食料輸入はドルベースで1990年は7%だったが、2000年には14%と倍増した。工業において中国脅威論がある中、国民の生命線である食料の安全保障を等閑視して良いのだろうか。もう日本国民も真剣に「自分のこと」を考えるときに来ている。

5.2. 集中から分散:21世紀の非浪費型文明の構築

5.2.1. 日本列島を最大限広く有効に利用:地方分権

5.3. 自然エネルギー:先ず総合的、論理的に考える

5.3.1. 太陽、風力、水力、バイオマス、地熱それそれの特徴の整理

話題の海洋温度差発電などは、資源とは言えない。それは「濃集されていない」からである。

5.3.2. 地熱開発と日本:膨大な国費が使われた地熱発電

地熱は非再生的

5.3.3. 風力

大型風車のみでなく、山岳の多い日本向きの小型風車群

5.3.4. 進めよう太陽エネルギーの本格利用

上手に利用しよう太陽エネルギー。広く分布、間欠的、昼夜の別がある。先ず問題の整理が必要である。住宅向けの太陽パネルも現実の2,30年の償却では長すぎる。早くEPR(Net Profiy Ratio)を評価する。宇宙太陽発電宇宙太陽発電は、一見未来型、夢のエネルギーと思えようが、これにはロッケットによる運送コストがなど問題が山積する。ある日本を代表する学者グループによる研究では、2020年には15.4円/kwhで可能性とされたが、これは、公表されていないが、宇宙運搬コストつまりロケットコストを現在の100分の一としたもの、逆に言えば到底不可能なアイデアであった。しかも非効率なマイクロ波による電力の送電、アンテナによる受電の効率は極めて低いと思われる。さらには電離層破壊などの環境問題、安全性に関する懸念もある。NASAも以前検討したことがあるが、既に放棄した。宇宙に駆ける夢であっても、科学的でなければならない。さもないと国民に妙な期待感をあたえ、真の対策を誤らせることになる。ネットエネルギー評価が大切というのはこのような理由による。宇宙がもう一つの公共事業投資となってはならない。

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